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54年10月31日


URN22.260

▲UPR・シュトラウス:交響詩《ドン・ファン》作品20

フィルハーモニア管弦楽団との演奏会旅行中のライヴ。
ARKADIA盤には「52年5月28日ベルリン」との表記があるが、間違いである。
この日はこの曲をはさんで、ヴォーン・ウィリアムス:トマース・タリスの主題による変奏曲と、チャイコフスキー:交響曲第4番が演奏されている。


54年11月17日


IDC-7007

▲UP[1]ヘンデル:合奏協奏曲作品6第12番ロ短調、[2]チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調作品36

両曲のあいだにオネゲルの交響曲第3番《典礼風》が組まれた演奏会が3日間行われ、これはその2日目の録音である。


54年12月4日


RM11.915

▲UPベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調作品125《合唱》

ローマでの演奏。
2004年にURANIAが発売した。


54年12月11日


NAS2508

▲UP[1]バルトーク:カンタータ・プロファーナSz.94、[2]ブラームス:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品83

[1]はイタリア語歌唱による演奏。カラヤンはこの曲を1度もスタジオ録音していない。


54年12月19日


ARK6

▲UPドビュッシー:歌劇《ペレアスとメリザンド》

ローマでの公演。


55年1月18日


LO22

THS65160〜2

▲UPビゼー:歌劇《カルメン》

スカラ座での上演。
House of Opera盤はCD-R。


55年2月27日


LO506

269.7052

▲UP[1]モーツァルト:交響曲第35番ニ長調K.385《ハフナー》、[2]R・シュトラウス:交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》作品28、[3]ブラームス:交響曲第1番ハ短調作品68

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団戦後初のアメリカ公演時のもの。
このツアーは当初フルトヴェングラーが同行する予定であったが、急逝のためカラヤンが代役を務めた。
[3]を収録してるWG30001には第3楽章冒頭に1拍分ほどの欠落がある。


55年9月29日


TOCE-3953〜4

▲UPドニゼッティ:歌劇《ランメルモールのルチア》

ミラノ・スカラ座での同公演のベルリンにおける引っ越し公演。
この録音はカラヤンが永く発売を許可しなかったため、海賊盤が大量に出、ようやく晩年になってEMIが正規契約で発売した。
House of Opera盤はCD-R。


56年1月21日


WG30004

▲UPモーツァルト:[1]ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466、[2]交響曲第41番ハ長調K.551《ジュピター》

ケンプとの協演。
Karajan Centrumに資料では、この日に演奏会はなく、22又は23日とある。『philharmonic autocrat2』では21・22・23日の3日間が同プログラム。場所はティタニア・パレス。
この年はモーツァルト生誕200年にあたっており、28日のハスキルとの演奏会もその一環。
この日は冒頭にディヴェルティメント第17番が演奏されている。


56年1月28日


KICC4170

▲UPモーツァルト:[1]ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466、[2]交響曲第39番変ホ長調K.543

ハスキルとの協演。モーツァルト生誕200年であるこの年から始まったザルツブルグのモーツァルト週間出演時の録音である。
1995年になって国際モーツァルト財団によって発売された。
この日は冒頭にディヴェルティメント第15番が演奏されている。
この公演を皮切りにハスキルとのオール・モーツァルト・プログラムのフィルハーモニア管弦楽団演奏旅行が始まっている。


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