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No.958投稿日時:2003/05/11(日) 03:43  <↑親記事:No.957>
投稿者:K <E-Mail>

Re: Karajan in 70's

こんばんは、はじめまして。
このサイトの管理者です。
日本語をお読みになれるそうなので、そのまま書きます。

カラヤンくらい芸歴が永いと、とかく年代によってその芸風を推し量ろうとする風潮があるのは当たり前です。
しかし私にはそれではあまりに一般的すぎて面白く思えません。

さすがに私もカラヤンの30年代・40年代の録音は、「資料」と考えていて、「鑑賞物」として好むということはほとんどありません。

Sullさんの言われる60年代中盤から70年代の終わりがもっとも充実した時期、というのが、少数派の意見なのかどうか、私は知りません。
カラヤンは60年代までしか良くないという人もいますし、60年代・80年代は素晴らしいが70年代は駄目という人も、70年代こそ絶頂期という人もいます。
カラヤンとフィルハーモニア管弦楽団こそ最高の組み合わせ、と考える人は、60年代以降のカラヤンを認めたがらないでしょう。

私はそれぞれのレコード会社のそれぞれの年代による音質の差、ということはしばしば考えますが、カラヤンの演奏そのものについては、80年代のカラヤンがときどきそれ以前の同曲の演奏より要所要所でテンポを落とし、それが効果的な場合と、のろのろした印象を与えて魅力的とはいえなくなる場合がある、と思う以外には、あまり年代による差別をしません。
もちろん、たとえば80年代であれば、カラヤンの体調不良やBPOとの確執は演奏に影響する大きな要因です。
それでも、私にとっては80年代にショスタコーヴィチの10番があるだけでも、カラヤンの80年代は非常に充実したものだったと思うことができます。
60年代中盤から70年代の終わりにSullさんの琴線に触れる録音が多いというのは、その時期のカラヤンの演奏癖・時代の気分・カラヤンにとっての主力オーケストラの状態などあらゆる要素が合致して、ちょうどSullさんと波長が合っているのでしょう。
私は年代として波長が合うということは残念ながらありませんし、確かに頑固かも知れませんが、狂信者ではないので、カラヤンの演奏なら何が何でも良いとも思いません。
強烈に心惹かれる演奏が、色々な年代にポツリポツリとあるだけです。
そうして歳とともに、良いと思えた録音が輝きを失ったり、全く興味の湧かなかった演奏に、きゅうに捉えられたりします。
たぶんこれからもずっとこんな塩梅でいくのでしょう。
自分の良いと思う演奏が多くの人が支持されるのは、嬉しいことではありますが、大多数の人と意見が真っ向から喰い違っても、自分の好みが最優先ですし、それを推し進めた結果、こんなサイトをやっているわけです。

Sullさんの周りでSullさんの考えが受け入れられなかったとしても、それはたまたま周りに波長の合う人がいないというだけで、全く疑問に思うことではないと私は考えます。



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