| No.1917 | 投稿日時: | 2006/04/30(日) 08:55 <↑親記事:No.1915> |
| 投稿者: | Jimmy |
> クレジットに、西独ケルン放送(ラジオ)との共同制作なる文句はありますが、これが放送soを使用したためについたものか、もともと放送局がこの曲を放送する権利を手に入れていたので付設のsoを使用したのかも明確ではありません。
>
> 以下は推測、それもあまりぱっとしたものではないのですが、手兵
> ベルリン・フィルとはいえ、現代音楽の演劇を伴った難曲かつ実演も視野に入れているということで、膨大な練習時間を取れなかったということではないでしょうか。
マハロさん、早速の返信有り難うございます。カラヤン・センターの記録をみると、ケルン放送交響楽団との共演はこのときだけの様ですね。まずDGに1973年7月に録音し、ザルツブルク祝祭大劇場で3回演奏(1973年8月20、23、25日)していました(カラヤン・センターでは新聞評のコピーも参照できるのですが、ドイツ語なので、このあたりのいきさつが書いてあるのかよくわかりませんでした)。