| No.1717 | 投稿日時: | 2006/01/13(金) 23:04 <↑親記事:No.1716> |
| 投稿者: | Concolor <E-Mail> |
皆様、今晩は。
ご指摘を受けてただ今家庭交響曲の演奏会記録を再確認しました。
とはいっても資料はKARAJAN CENTRUM、Huntの"philharmonic autocrat2"(2001)、ONTOMO MOOKだけです。
http://www.geocities.jp/concolor1957/RStrauss10.html
1973年8月31日のルツェルン国際音楽祭のプログラムは
KARAJAN CENTRUM(2006.1.13.)では家庭交響曲
Huntのphilharmonic autocrat2(2001)では家庭交響曲
ONTOMO MOOK(1996)ではチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」
と資料により異なります。
ルツェルン音楽祭のプログラム冊子は1977年以降のものは画像提供を頂きましたが、1973年のものはまだ目にしたことがありません。
(もっともプログラム冊子に印刷されたとおりに演奏会が行われたとは限りませんが。)
http://www.geocities.jp/concolorkenzo/FestwochenLuzern.html
ライヴ音源として1973年2月15日ベルリン・ライヴ、1974年4月9日ザルツブルク復活祭音楽祭ライヴが存在することは同好の士に教えていただきました。
1973年8月31日の未発売放送音源としてHuntのphilharmonic autocrat 1(2000)のp332にはチャイコフスキーの「悲愴」が記録されています。
これは翌9月1日に同じくルツェルン音楽祭演奏会で取り上げられた「悲愴」のことで8月31日は誤記ではないかと私は判断しています。
(1973年9月1日の演奏会は2001のHuntのphilharmonic autocrat 2,p271に「悲愴」が記録されています。)
本題の1973年来日公演時に家庭交響曲から「英雄の生涯:」に変更された理由については情報を何も持っていません。
では。