| No.1661 | 投稿日時: | 2005/12/30(金) 01:52 <↑親記事:No.1660> |
| 投稿者: | karayanus <E-Mail> |
> 私は法律の専門家ではありませんが、裁判でも最近は杓子定規に規定を当てはめるのではなく、本来その法が制定されたときの精神に則って解釈するようになっていると聞いています。いわゆる海賊盤の問題に関しても、著作権が30年とか50年とかいった数字は人為的に定めたものですから(決してそれをないがしろにする訳ではありませんが)、それよりも個人が楽しむこと(=自由)と違法に金を稼ぐこと(=利己主義)の違いを正しく認識し対処すれば良いことと、個人的には思います。チェリビダッケの録音にしても、その経済的な側面は否定しませんが、彼の息子の「父が亡くなって本人に会うことが叶わなくなった今、写真は本人ではないが父を偲ぶよすがとなっている。本人の演奏が聴けなくなった今、録音は写真と同様の役目を果たす。その際、粗悪な海賊盤は間違ったものを伝える可能性がある。そこで市販することを決断した」という趣旨の発言(だったと記憶しています)も、やはり真実であると信じます。
----有難う御座います.チェリビダッケの息子の話は聴いた事が御座います.模範演技たるスタジオ録音とライブ録音を同列に考えたチェリビダッケは 彼の年齢を考えれば至極至当で御座います.
今一歩先進的な思惑があれば クラシックの世界を変えたかもしれませんがここがチェリビダッケの限界でしょう. カラヤンが余りに先進的な天才であったという点を除けば至極当然で御座います.
チェリは稀代の大指揮者で御座います.音楽界はカラヤンを頂点に綺羅星の如く天才が居並ぶ伽藍堂を形成し壮観で御座います.